「iDeCoは年◯万円お得」。検索するとこの話ばかり出てくる。掛金が全額所得控除になるから、入り口では確かに得をする。
書かれていないのは出口の話だ。iDeCoで貯めたお金は、受け取るときに税金がかかる。しかも退職金と同じ「税金がかからない枠」を取り合う。枠が退職金で埋まっていれば、iDeCoの分は丸ごとはみ出して課税される。
うちの妻がそうだった。42年働いて枠は2,340万円、退職金の見込みは約2,300万円。余りは40万円しかない。34年積み立てて得するのは136万円、1年あたり4万円だ。その間ずっと引き出せない。
先に結論を言う。ここまで計算できる人は、iDeCoをやった方がいい。計算せずに節税額だけで始めると、出口で痛い目を見る。
この記事では、自分の退職金額から自分がどうすべきかを判定できるようにする。専門用語は使わない。「お皿」の話だけで済む。
iDeCoの出口戦略は3択から始まる

もらい方は3つある。
| もらい方 | 内容 |
|---|---|
| 一時金 | まとめて1回でもらう。退職所得として課税される |
| 年金 | 分割して何年もかけてもらう。雑所得として課税される |
| 併用 | 一部をまとめて、残りを分割 |
この記事は一時金で話を進める。年金でもらうと、その分が国民健康保険料や介護保険料の計算に入るからだ。税金だけを見て年金を選ぶと、保険料が増えて手取りが減る。もらうたびに手数料もかかる。
公的年金がそれなりに入る人ほど、年金形式の上乗せは枠を超えやすい。一時金で受け取って、退職所得控除の枠に収める。これが基本形になる。
iDeCoの出口戦略はお皿の取り合い

まずここだけ理解してほしい。残りは全部この応用になる。会社を辞めるとき、退職金には税金がかからない枠がある。この記事では、その枠をお皿と呼ぶ。
お皿の大きさは働いた年数で決まる
出典:国税庁「退職金と税」より算出
お皿に乗る分までは、税金ゼロ。退職金が1,000万円でお皿が1,500万円なら、乗り切るので税金はかからない。退職金が2,000万円でお皿が1,500万円なら、500万円がはみ出す。はみ出した分に税金がかかる。
iDeCoも同じお皿に乗る
問題はここだ。iDeCoで貯めたお金も、退職金と同じお皿に乗る。別々のお皿はもらえない。だから退職金でお皿がいっぱいだと、iDeCoの分は全部はみ出す。
入り口で戻ってくる税金は、この出口で払う税金と差し引きして初めて意味を持つ。ここを計算せずに始めると、戻った額より多く払うことになる。
俺は口座開設の申し込みページまでは行った。止まったのは書類のところだ。当時は「事業主の証明書」というものが必要で、勤め先に記入してもらわないと先に進めなかった。iDeCoを始めるために職場へ紙を回す。それが面倒で、その日は閉じた。
この証明書は2024年12月に廃止されて、いまは自分の口座から払う分には要らない。手続きは簡単になったが、そのぶん出口を見ないまま始められるようにもなった。
お皿の取り合いは後から入った人の話
掛けられる額を見ても、同じことが言える。
| 立場 | いまの上限 | 2027年1月から |
|---|---|---|
| 自営業・フリーランス | 月6万8千円 | 月7万5千円 |
| 会社員(企業年金なし) | 月2万3千円 | 月6万2千円 |
| 公務員 | 月2万円 | 月5万4千円 |
出典:厚生労働省「確定拠出年金制度の概要」
自営業とフリーランスの枠が一番大きい。ここには理由がある。iDeCoは2001年に法律ができた制度で、当初の対象は自営業者と、企業年金のない会社員だった。公務員や専業主婦、企業年金のある会社員が入れるようになったのは2017年からで、あとから対象が広がっている。
もともとは、厚生年金も企業年金も退職金もない人が、自分で老後の上乗せを作るための箱だった。退職金がないからお皿は丸ごと空いているし、公的年金が国民年金しかないぶん枠も大きく取られている。iDeCoは自営業とフリーランスのための制度で、そこは今も変わっていない。
会社員と公務員があとから乗り入れたぶん、退職金との取り合いという面倒がついてきた。この記事で書いてきたお皿の話は、全部その「あとから」の部分になる。
自分の退職金を調べればお皿が出せる
自分の職場はどうなのか、あらためて調べた。就業規則は紙で配られていないので、社内システムの中を探した。退職手当の規程は就業規則とは別のファイルになっていて、たどり着くまでが一番かかった。
開いてみると、勤続年数と役職で決まる計算式が並んでいる。金額が書いてあるわけではないので、自分の年数を当てはめて出す。探すのに手間はかかったが、見つかってからは数十分で終わった。
自分がどこに当たるか、ここで出しておいてほしい。A〜Eのどれかに必ず入る。
上から順にたどると、自分がA〜Eのどれなのか分かる。
iDeCoの出口戦略は5通りしかない

チャートで出たA〜Eが、そのまま答えになる。
A・B お皿が余るなら税金ゼロ
退職金がない人と少ない人は、何も考えなくていい。退職金がゼロなら、お皿を丸ごと一人で使える。20年で800万円、30年で1,500万円。この中に収まれば税金はゼロだ。
自営業の人、退職金制度のない会社の人はここに入る。iDeCoはめちゃくちゃ強い制度になる。
C 20年空ければお皿がもう一枚
お皿からはみ出す人には方法がある。退職金をもらってから20年待つ。そうすると、iDeCo専用のお皿が新しくもらえる。53歳で辞めるなら20年後は73歳。ここまで待てばお皿がもう一枚手に入る。
ただし60歳以降に辞める人は使えない。65歳で辞めると20年後は85歳になるが、iDeCoは75歳までに受け取らないといけない。10年足りない。定年まで働く人の多くはこの手が使えない。
D・E 分かれ目は余り80万円
20年待てない人は、同じ年にまとめるしかない——と思われがちだが、違う。1年ずらすだけで税金が下がることがある。
| お皿の余り | どうする |
|---|---|
| 80万円より多い(D) | 同じ年に、両方とも一括で |
| 80万円以下(E) | 退職金の翌年に、iDeCoを一括で |
年を分けると、iDeCo側に必ず80万円の控除がつく。退職所得控除には「計算した額が80万円未満なら80万円」という最低保証があるからだ。同じ年にまとめると2つが合算されて1枚のお皿になるので、iDeCoに回せるのは余りだけになる。
| 受け取り方 | iDeCoに使える控除 |
|---|---|
| 同じ年にまとめる | お皿の余りだけ |
| 1年ずらす | 必ず80万円 |
出典:国税庁「退職金と税」(退職所得控除額の最低保証)
だから分かれ目が80万円になる。掛金がいくらでも、運用がどうなっても、この分岐点だけは動かない。
なお、iDeCoを先にもらって退職金をあとにする場合は、空ける年数が10年になる。2026年1月に5年から延びたので、60歳でiDeCo・65歳で退職金という定番はもう使えない。
iDeCoの出口戦略を妻で計算した

実際にやるとどうなるか。うちの計算をそのまま出す。妻は公務員で、42年働く予定だ。
出典:総務省「地方公務員給与実態調査」、国税庁「退職金と税」より算出
退職金の見込みは総務省のデータから約2,300万円で置いた。勤続42年のお皿は2,340万円なので、余りは40万円しかない。チャートで言えば妻はEだ。
1年ずらして受け取れば80万円のお皿がつく。それを前提に、月2万円・34年で最後まで計算した。
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 掛けたときに戻る税金 | +163万円 |
| 増えた分が非課税になる得 | +258万円 |
| 受け取るときに払う税金 | −278万円 |
| 手数料 | −7万円 |
| 差し引き | +136万円 |
戻ってきた163万円を、受け取るときに278万円取られる。残ったのは136万円、1年あたり4万円だ。その代わり60歳まで1円も引き出せない。
この表を妻に見せたかというと、見せていない。うちは家計と投資の管理を俺がやっていて、妻は数字を追っていない。退職金の見込みも、俺が総務省のデータから調べて置いた。
だから「夫婦で話し合って決めた」という話ではない。片方が調べないなら、調べる側が出口まで見るしかない。家庭でiDeCoを担当している人は、たぶん同じ立場になる。
iDeCoは満額だと損する

2027年1月から、iDeCoに入れられる額が増える。公務員は一律で月5万4千円、今までの2万円から2.7倍になる。増えた枠を満額使えば得も増える——と思うと逆になる。
年5%運用・所得税と住民税あわせて20%・1年ずらして受け取る前提で算出
ピークは月1.8万円で、今とほぼ同じだ。満額まで入れると139万円の得が17万円まで落ちる。理由はお皿にある。積むほどはみ出す量が増え、はみ出す量が増えると税率が上がっていくからだ。
企業年金のない会社員も同じで、枠は月2.3万円から6.2万円になるが、一番得なのは月3.5万円あたりになる。
| 毎月の掛金 | 最後にもらえる額 | 得した額 |
|---|---|---|
| 2.3万円 | 2,820万円 | +378万円 |
| 3.5万円 | 4,291万円 | +386万円 |
| 6.2万円 | 7,601万円 | +295万円 |
枠が増えても、お皿は増えない。枠が増えた=満額入れるべき、ではない。
公務員の友人が、満額で積んでいると言っていた。理由を聞くと「税金が低くなるから」。出口で税金を取られるのは知っているかと聞いたら、知らなかった。
掛金が全額所得控除になるのは事実で、そこは間違っていない。ただ、その先まで案内している人が少ない。枠が広がるほど、この差は金額として効いてくる。
iDeCoの節税は前借りに近い

ここまでの話をまとめると、iDeCoの節税は前借りに近い。入り口で戻ってきた分を、出口で返す場面がある。返す額の方が大きくなる人もいる。
だから判断の順番はこうなる。節税額から入ると間違える。退職金から入れば間違えない。
| この順番で考えると | 結果 |
|---|---|
| 節税額 → 掛金 → 出口 | 出口で足りなくなる |
| 退職金 → お皿の余り → 掛金 | 出口まで合う |
そして、ここまで計算できるならiDeCoはやった方がいい。お皿が余っている人にとっては、これ以上ないくらい強い制度だ。A・Bに当たった人は迷わなくていい。
計算できないならiDeCoよりNISA

自分の退職金額が分からない。お皿の余りも出していない。その状態で「節税になるから」だけを理由に始めるなら、先にNISAを埋めた方がいい。
| 比べる項目 | iDeCo | NISA |
|---|---|---|
| いつでも引き出せる | × 60歳まで無理 | ◯ |
| 受け取るときの税金 | あり | ゼロ |
| 掛けたときの節税 | あり | なし |
| ルールの複雑さ | 高い | 低い |
NISAは出口で税金がかからない。だから出口の計算がいらない。読み違えようがない。
うちのNISAは、ボーナスと月々の黒字から入れている。先に投資分を抜いて残りで暮らすやり方ではなく、暮らしてみて余った分を入れているので、月によって額は動く。
それでも年350万から400万は入る。この入れ方ができるのは、いつでも引き出せるからだ。iDeCoで同じことはできない。入れた時点で60歳まで固定される。
うちはNISAの残り枠が夫婦で2,350万円ある。毎年350〜400万円のペースなら6〜7年で埋まる。そこまで来たらもう一度考える。わからないことが多すぎるうちに、34年分を決めなくていい。
iDeCoの出口戦略は退職金で決まる

iDeCoで戻ってくる税金は、出口で払う税金と差し引きして初めて意味を持つ。そしてその差し引きを決めているのは、掛金でも利回りでもなく退職金の額だ。お皿が余っていればiDeCoは最強の制度になるし、埋まっていれば得は薄くなる。もともと退職金のない人のために作られた制度なので、退職金が厚い人ほど相性が悪い。同じ制度でも、答えは人によって真逆になる。
だから最初にやることは1つしかない。自分の退職金がいくらか調べる。就業規則の退職金規程に載っている。公務員なら自治体のサイトで出る。ここさえ分かれば、お皿の大きさも余りも引き算で出せる。
そのうえでA〜Eのどれに当たるかを見る。やるかやらないか、いくら入れるか、いつ受け取るか。全部そこから決まる。
ここまで計算できる人は、iDeCoをやった方がいい。制度が悪いわけじゃない。まずいのは、出口を見ないまま入り口の節税額だけで決めることだ。戻ってきた分を、あとで返す場面がある。
まずは自分の退職金を調べてほしい。それが分かれば、この記事の内容は全部あなたの数字で計算し直せる。
俺は調べたうえで見送った。調べたうえでやると決める人もいるはずで、そっちが正解になる人の方がむしろ多い。順番さえ間違えなければ、どちらを選んでも損はしない。
出典:厚生労働省「2025年の制度改正」「確定拠出年金制度の概要」/国税庁「退職金と税」「退職所得の課税関係」(No.1420・No.2735)「公的年金等の課税関係」(No.1600)/財務省「令和7年度税制改正の大綱」/総務省「地方公務員給与実態調査」(2026年9月確認)
計算の前提:運用利回り年5%、掛けたときの節税は所得税・住民税あわせて20%、退職金を65歳・iDeCoを66歳で一括受け取り、所得税額に上乗せされる付加税は計算に入れていない。これは我が家の条件で計算した結果で、条件が違えば答えも変わる。税制は変わり続けるので、実際に決めるときは最新の情報を確認してほしい。俺は税理士じゃない。



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